尾熊洋一
- ジャンル
- スポーツ・解説者/文化人
- 出身地
- 埼玉県
- 性別
- 男
尾熊洋一の出演可能なイベント
テレビ・ラジオCM/PR活動
|講演会/トークショー
尾熊洋一 について
1942年埼玉県生まれ。63年(株)本田技術研究所に入社。
走行試験室に配属、新型2輪車の研究開発に従事。
あの不朽の名作“ナナハン(CB750)”の誕生にも参加。
80年から15年余り、オートバイ・ロードレースの最高峰、WGPホンダチーム総監督を務める。
83年・85年には、フレディー・スペンサー(アメリカ)、87年にはワイン・ガードナー(オーストラリア)、94年・95年はマイケル・ドゥーハン(オーストラリア)と、世界タイトルを獲得。80~90年代のホンダの快進撃を指揮し、その黄金時代を築いた2輪レース史上屈指の名監督であり、元HRC(Honda Racing Corporation)副社長。
モーターサイクル雑誌への寄稿をはじめ、リタイヤ後は、自らの経験を元に、
“物作りの大事さ”、“世界での身のこなし方”といったテーマで学生や企業管理職への
講演も行う。また、2年間かけて零戦のエンジン「栄11型」をフルレストアしたり、第2次世界大戦時の戦闘機「ヤコブレフ Yak-9」を購入。飛行機の操縦ライセンス取得にチャレンジ。日本津々浦々を友人とバイクで走り回り、シルクロードをロングツーリングするなど、65才を越える今なお、アグレッシブな活動を続けている。
走行試験室に配属、新型2輪車の研究開発に従事。
あの不朽の名作“ナナハン(CB750)”の誕生にも参加。
80年から15年余り、オートバイ・ロードレースの最高峰、WGPホンダチーム総監督を務める。
83年・85年には、フレディー・スペンサー(アメリカ)、87年にはワイン・ガードナー(オーストラリア)、94年・95年はマイケル・ドゥーハン(オーストラリア)と、世界タイトルを獲得。80~90年代のホンダの快進撃を指揮し、その黄金時代を築いた2輪レース史上屈指の名監督であり、元HRC(Honda Racing Corporation)副社長。
モーターサイクル雑誌への寄稿をはじめ、リタイヤ後は、自らの経験を元に、
“物作りの大事さ”、“世界での身のこなし方”といったテーマで学生や企業管理職への
講演も行う。また、2年間かけて零戦のエンジン「栄11型」をフルレストアしたり、第2次世界大戦時の戦闘機「ヤコブレフ Yak-9」を購入。飛行機の操縦ライセンス取得にチャレンジ。日本津々浦々を友人とバイクで走り回り、シルクロードをロングツーリングするなど、65才を越える今なお、アグレッシブな活動を続けている。
講演会演目 |
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「物作りの大事さ 」 「世界での身のこなし方」 「夢、やりたいことに気付く」 「零戦エンジンに学ぶ、ジャパニーズエンジニアリングのルーツ」 「人とマシンをつなぎしもの」 「これぞモーターサイクル 」~人・マシン・世界・レース~ 「メタボを解決するスポーツとしてのモーターサイクル」 「栄11型エンジン(零戦搭載)のレストア」~当時のエンジニアの思いを知る~ 「本田宗一郎から聞いたこと」~牛の角は耳の前についてるか、後ろについているか?~ 「モータースポーツにかける夢と挑戦」~GL、CXそしてNSR~ |
講演実績 |
「大手企業管理職向け講演」 「エンジニア希望者向け講演」 「ツインリングもてぎモータースポーツワークショップ」(過去4回実施) 「次世代リーダー養成塾での親子向け講演」 |
ポットキャスト番組 |
「エンジニアの観察眼~尾熊洋一的・モノの見方」 |